2017年02月05日

国道、田浦および劔崎 戦跡めぐり

 どうも落ち着かず、家に居たくない感じだったので思わず上京、前から行ってみたかった戦跡3か所を駆け足で巡ってきました。天候に恵まれて良い気分転換になりました。

国道1.JPG 国道2.JPG

 まずはJR鶴見線、国道駅です。昭和5年に私鉄の鶴見臨港鉄道の駅として開業して以来、大きな改修を受けずに残ってきた感じですね。ホームのカーブや屋根のアングルが何ともいえずいい感じ。鶴見線に乗ったのはおそらく20年以上前、今回気付いたのは列車が30分毎になっていること。前は20分毎だったような。

国道2.JPG 国道4.JPG

 国道駅といえば、高架下の商店街ですよね。ここだけ時間が止まったような雰囲気が漂っています。夜は営業していそうな飲み屋や釣り船の事務所?なんかもあります。無人駅で、改札にはスイカのタッチ装置だけが置いてあります。

国道5.JPG 国道3.JPG

 左側は高架下を抜けた旧国道の写真です。けっこう人通りもあって下町な感じです。ただ、相当高齢化しているように見受けられました・・・。右側が有名な米軍機の弾痕。高架上の列車を狙ったのでしょうか。おそらく12.7mmのM2でしょうから、鉄道車両の外板なんて簡単に抜けてくるはず。

田浦駅2.JPG

 取って返して鶴見線から横浜駅を経由して、横須賀線の田浦駅まで移動します。三浦方面はたいてい京急を利用するので横須賀線も相当久しぶりです。このホームの屋根は戦時中に組まれたものだそうです。レールだったり木材だったり、ありあわせの材料をかき集めた感じですね。列車が出てしまうと駅周辺はシンと静まり返ってしまいました。

田浦駅1.JPG 田浦駅3.JPG

 田浦駅は前後を山に挟まれていて、ホームが短いので11両の列車ははみ出してしまいます。最近は逗子〜久里浜間の4両の区間列車が多くなったようですが、今回は長い11両だったのではみ出す様子を見ることができました(笑) また、横須賀側の左手を見ると、港に通じる専用線のトンネルも見えていて、架線柱が続いています。途中まで電化されていたんですね。

長浦元修理工場.JPG 長浦元第三水雷庫.JPG

 さっそく倉庫群が見えます。この地域には、旧日本海軍の軍需部が使用していた倉庫の多くが残されていまして、今回はそれを見るのが目的です。これらの倉庫群は海上自衛隊に引き継がれたものと、民間企業の相模運輸倉庫が使用しているものがあるようです。細かい解説は他サイトさんで多数調べられますので、今回は簡単に現況を乗せてみたいと思います。サボりですみません(笑) なお、これらの施設や道路は港湾用地であったり、企業用地であったり、防衛施設だったりします。あちこちに「関係者以外立ち入り禁止」の立て札が立っていますし、防衛施設は構内撮影禁止と表示されているものもありました。訪問の際は十分留意してください。左のE倉庫は兵器類の修理工場、右のF倉庫は第三水雷庫、魚雷や爆雷を保管していたそうです。現在はあまり使用されていない雰囲気でした。

線路2.JPG 線路1.JPG

 専用線の線路はだいぶ撤去が進んでいるようですが、それでも雰囲気をしのぶには十分でした。左の奥へ進むと現役の海上自衛隊施設、艦船補給処に突き当たります。G倉庫は第三電機庫、レーダーなどが保管されていたのでしょうか。右のように煉瓦がきれいにされている倉庫もありました。

P2040017.JPG 線路3.JPG

 少しずつ埋められながらも海上保安庁の庁舎前に線路が残されています。

線路5.JPG 線路4.JPG

 左は吾妻川という小川を渡る橋があったところです。以前は鉄橋が残されていたようですが、現在は橋台のみになっています。右は、田浦駅から来た線路と港内に張り巡らされた線路が平面交差している個所の写真です。写真右手が田浦駅で、そのまま岸壁方向に向かう場合は左手に、海自の補給処方面に向かう場合はいったん写真奥に入り、スイッチバックして手前にやってくる配線だったようです。また、ネット上ではここに踏切警報機の写真もありますが、撤去されたようで見当たりませんでした。

線路6.JPG トンネル1.JPG

 左は田浦駅から岸壁方面に向かう線、右はさきほどスイッチバックしていたと述べた先で比与宇トンネルとなっています。以前はトンネル内にも線路が残っていたようですが、現在はきれいに整備されています。

トンネル2.JPG 横須賀基地3.JPG

 トンネル内には待避所を埋めた跡があります。あるいは地下壕の入口だったのでしょうか。周辺の山には多くのトンネルが掘られ、物資の収納に使用されていたそうです。トンネルを抜けて少し行くと横浜ベイスターズのグラウンドがあり、その先に横須賀港が見えます。多くの艦船が停泊していました。

横須賀基地1.JPG ロナルドレーガン.JPG

 左にはちょっと切れてますが、大発風の補助艦艇が見えます。そして、ずっと奥を見てみると、スケール感の違う船が見えます・・・。米空母、ロナルドレーガンが停泊していました。ちなみに、その辺りには空母信濃を建造していた大和型用の6号ドックもあるようです。現在は米空母が使用している現役の施設だとか。

長浦不明倉庫1.JPG

 これで田浦周辺の見物は終わりです。こんなホラーゲームに出てきそうな倉庫もありました(笑) ひとまず田浦駅に戻り、横須賀線で1駅、横須賀駅で降りて京急の汐入駅に移動、そこから三浦海岸駅まで行きます。田浦梅林や軍港めぐりのクルーズも心ひかれましたが、ここは我慢して先へ進みます。最後は、三浦市の劔崎周辺に残された砲台跡を見に行きます。

P2040041.JPG 劔崎砲台1.JPG

 三浦海岸駅からは、松輪までバスで移動します。劔崎行きか劔崎経由三崎東岡行きを利用します。概ね30分に1本走っていました。バス停を降りたら、三浦海岸駅方向にあるコンビニ、ヤマザキデイリーのあるところから海方向、写真右手に歩いていきます。ちなみに、この砲台跡はグーグルアースでも円形の物体として見ることが可能です。訪問される方はそれを見ながら行くと簡単だと思います。

劔崎砲台2.JPG 劔崎砲台4.JPG

 大根畑が広がる台地をずんずん歩いていきます。天気が良いので本当に気持ちが良かったです。そして、道はどんどん細くなり、ついに軽トラ専用な感じに!ここは車よりバスでの訪問をおすすめします(笑) どうしても車で来たい場合は劔崎の駐車場から歩いてくる必要があります。路駐はダメですよ。

劔崎砲台5.JPG 劔崎砲台6.JPG

 まずは南側の砲座にたどり着きました。途中、いくつかの枝分かれの道がありましたが、何となく前進して到着です(笑) この砲台には、東京湾上に築かれ、関東大震災で損壊した第二海堡で使用されていた15cm連装カノン砲の砲塔が設置されていたとのことです。大正年間の完成で、三浦半島周辺にいくつか残されている敗戦直前の本土決戦用施設ではないですね。思ったよりコンパクトだと感じました。右は通気口の残骸だそうです。砲台の傍ら、道に面して残っていました。金具がついているので、本当は雨水が入り込まないよう天蓋があったようですね。

劔崎砲台7.JPG

 続いて北側に移動します。すると赤丸のようなコンクリの物体が見えてきました。右側の〇が砲台、左側の〇が砲台内部への入口だったようです。

劔崎砲台8.JPG 劔崎砲台9.JPG

 海を入れて写真を撮りたかったので、自分の影が映るのも構わず撮影します。こちらも傍らに通気口の残骸がありました。

劔崎砲台13.JPG

 入口は土で埋まっています。砲台の下部は全部破壊されたのでしょうか?頑丈にできているでしょうし、埋められただけで原型をとどめているのでしょうか?

劔崎砲台10.JPG 劔崎砲台12.JPG

 さらに、北側の探照灯庫を目指します。よく位置関係を調べていかなかったので、最初は逆に行ってしまいました。ここは一見小山に見えますが、正面に回るとコンクリの施設が見えてきます。

劔崎砲台11.JPG tannsyoutoukoue.JPG

 庫内は土で埋まっています。探照灯の使用時はどういった操作手順だったのでしょうか。開口部は陸側なので、このままだと海側を照らすことはできません。ここからは東京湾が一望できます。天気が良かったのでホント気持ちのよいウオーキングでした。

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 その後はバスで三崎港に移動し、閉店間際のうらりを見たり、港をぶらついたりして三崎口駅から帰宅となりました。
 豆知識?ですが、三崎港から駅方面へのバスに乗ると往々にして混雑で座れないことがあります。三崎港から三崎口駅方面へ坂道を登っていくと、10分ほどで三崎東岡のバス停と右手に折り返し場が見えてきます。ここは京急バスの営業所が近くにあり、三崎口や横須賀方面への始発のバスもあります。ですので、着席率を高めたい場合はここまで移動すると良いかもしれません。






タグ:戦跡
posted by nobi at 23:44| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月04日

485系最後の定期運用 糸魚川快速

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485系の最後の定期運用、新潟〜糸魚川間を1往復している快速列車が平成29年3月改正で廃止になるそうです。列車番号からして臨時列車扱いでいつまで持つかと思っていたのですが、やはりここで終わりになりました。ひと昔前だと、特急と言えば485系で乗り飽きた感があったのですけどね。時の流れは速いですね。
 昨年9月の話でアレですが、一度新潟から糸魚川間で乗ってきました。この列車は朝糸魚川を出て夕方戻る上越地方向けのダイヤで新潟側からは乗り難かったのですけど、ちょうど上京する用事もあったので、大糸線の乗り鉄も兼ねて糸魚川に宿を取って乗ってきました。

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 クロハ481です。最後の名残と思ってグリーン車にしてみました。改造車なので窓と座席は一致していない所があります。新潟駅の券売機では、普通列車系のグリーン券の買い方がわからず窓口で購入しました。正直、座り心地はいまいちで、特急のグリーン車でこれだったらちょっとガッカリでしょうね。ネットで見ると、この3000番台より廃車になったT編成系のグリーン車の方がよほど良さそうな感じなのが意外です。グリーン車に乗っていたのは私を含めて「鉄」な方々ばかりで一般人はいませんでした(笑)
 新潟発は17:58と帰宅時間帯なのでけっこうな乗り具合、普通車はさらっと埋まったようです。乗客は長岡で入れ替わり、直江津で一気に降りてトキめき鉄道線内に入るとガラガラに。終点糸魚川には定刻20:39に到着しました。すぐに暗くなり、車窓を楽しむことはできませんが、重厚な走りぶりはまさしく485系で十分に名残を惜しめます。

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 糸魚川に着いたはいいものの、朝の食料を買う店が見当たらない・・・。ホテルの朝食は頼んでいなかったのです。駅内のコンビニも20:30閉店なので、泊まりの方はあらかじめ食料を確保した方が良さそうです。
 ちなみに、ここで上りの東京行き新幹線に乗ると上越妙高乗換で新潟まで当日中に帰ることも可能です。
posted by nobi at 23:05| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月18日

秋田まで再び

 しばらく前ですが、所用で秋田まで往復してきました。行きは余裕があったので羽越線、米坂線、奥羽本線、横手羽後本荘間のバス、羽越本線のジグザグ旅行です。

坂町駅2.png
 
 朝の坂町駅です。青春18きっぷの期間中であるせいか、ここまで乗ってきた普通列車の酒田行きはけっこう混んでいましたが、米坂線に乗り換えた人はごくわずか。静かな感じで列車もガラガラです。

米坂線2.png

 荒川に沿って走ります。途中何回か渡るので、左右どちらに座っても車窓は楽しめるんじゃないでしょうか。途中にはは赤芝峡という景勝地があるそうです。県境付近はさすがに積雪が多かったですね。今泉駅ではしばらく停車時間があったのでホームに出てみました。山形鉄道のホーム上屋は昔のままちょっと驚きました。とてもいい雰囲気ですよね。このあたりは学生時代に一度乗り鉄したきりで、もはや細かいところは覚えていませんが山形鉄道の古い駅舎の記憶はよみがえりました。今度撮影して回りたくなります。今泉からはやっと乗客が増えて席があらかた埋まりました。

奥羽本線2.png

 米沢から奥羽本線を北上します。新庄を経て横手を目指しますが、昼食休憩を兼ねて新庄までは山形新幹線を利用しました。

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 ここからはロングシートの701系が多いので、普通列車では食事がしづらいですし・・・。このにしん弁当はおいしかったのでお勧めですよ。東根を過ぎると平野が尽きて徐々に山間部に入っていきます。進行右手、最前部のロングシートに座って雄勝峠の全面展望を楽しみました。子供のころ、何度も485系の特急つばさで通ったはずですが、今となってはローカル線の風情です。

横手2.png

 いかにも国鉄の主要駅という風情だった横手駅は橋上駅舎に変貌しています。そこから数分歩いてバスターミナルに向かいましたが、周辺も再開発されていてあまり過去の思い出と一致しません。昔のバスターミナルはスーパーの1階に入っていたはずです・・・。ここからは羽後交通のバスで海側の羽後本荘駅に抜けます。市街地もなんだかひっそりしていてちょっと寂しい気分になりました。

横莊バス2.png

 横手本荘間は過去に鉄道で結ぶ計画があり、一部が実際に開業しています。本荘側は現在の由利高原鉄道です、横手側は昭和40年代に廃線になってしまった羽後交通横荘線という鉄道です。ですから、このバスは未成線を走るバスということになりますね。もっとも由利高原鉄道や過去の横荘線と並行する部分はほとんどなく、時折集落に立ち寄る以外国道を通っているんですが。バスターミナルの時刻表を見ると1日3本が出ています。昔は5本くらいあったのですが、減便されたようです。実際、本荘までは終始横手バスターミナルから乗車した私ともう1人だけで途中の乗降は全くありませんでした。横荘線の駅があった浅舞と沼館、老方は集落の中に入るのですが、全く動きなし。淡々と国道を走るのみです。横荘線の廃線跡も車窓から一応探してみましたが、おそらくこれだろう・・・といった程度しかわかりませんでした。横荘線については雄物川町の博物館に展示があるらしいので、いつか行ってみたいと思います。羽後本荘からは普通列車で秋田に入りました。

いなほグリーン2.png

 帰路は特急いなほ号でまっすぐ新潟へ戻ります。前回で味を占めたのでまたグリーン車を利用しました。こちらもガラガラで村上まで私1人の貸切状態でした。

 今回の旅行で感じたのは、地方の過疎化が自分の想像以上に進んでいたということです。県庁所在地周辺はさすがに賑やかでしたが、そこを過ぎると一気に閑散とします。町々も、昔は賑やかだったんだろうなーという風情を残して車だけがビュンビュン通るのみ・・・。特に秋田県は祖父母たちの出身地でもあり、第二の故郷と思っているのでこれは寂しい!とりあえずふるさと納税でもして、微力ながら応援するべきかなと考えています。
posted by nobi at 01:05| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする