2026年02月01日

弾丸旅行 安土城と大和郡山城

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 大河ドラマ「豊臣兄弟!」に触発されて友人と東京から「日帰り」で安土城と大和郡山城を探訪してきました。2026年年初は各地で降雪が多く、滋賀県も雪模様。最初は歩きのつもりでしたが時間の節約と天候悪化対策としてレンタカーで回りました。シンカンセンスゴイカタイアイスを食べつつ関ケ原に近付くときっちり積雪が・・・。米原で乗り換えた新快速は雪による北陸方面の遅延のため少し遅れて発車。

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 近江八幡でレンタカーを借り、まずは安土駅前の安土城郭資料館と安土城跡東側の滋賀県立安土城考古博物館で予習を行いました。近江八幡駅周辺は細い道が多く、直線的に安土に入る道も離れていて昔の町割りを感じさせます。安土駅はタクシー乗り場もありましたが待機車両はなし。おそらく予約して呼んでおかないとタクシーは利用できないと思います。
 安土城周辺には似たような施設がいくつか存在し、歴史的な経緯から県営と市営でいくつもできてしまったとか。博物館からは細い道を通って城の入口へ。所要1時間、山内にトイレや飲料水の補給場所はない旨が掲示されていました。

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 入口すぐに石垣が出迎えてくれます。入って左手が伝羽柴秀吉屋敷、右手が伝前田利家屋敷とあります。いずれもこじんまりしたスペースで訪問者用宿舎的な雰囲気でした。

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 のっけから一気にひざ丈くらいある石段の急登スタート!この大手道は行幸のためで普段は使用されていなかったと博物館の解説にありましたが、このキツさだと貴人に使わせるようなものではないと感じました。見た目は非常に映えるので権威の象徴的な存在だったのではないでしょうか。ここだけで汗だく、足ガクガクです・・・。

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 途中の織田信忠屋敷跡から本丸に行けたのですが、木々から降ってくる溶けかけた雪とべちゃべちゃの足元に気を取られてハ見寺跡に先に行ってしまいました。当日は雪模様の悪条件ながら何組か見学者に会いました。

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 いったん引き返して本丸に上がります。黒金門などは見上げるばかりの石垣ですが、大手道と異なり道筋の石段の高さは普通です。

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 やっとこさ天主跡に到着!思ったより小さい?ただ、他の建物と連結されていたそうなので全体としてみれば相当な規模だったのかもしれません。木が伸びていてあまり眺望は効きません。
 帰路は通常のルートと思われる百々橋口道から下山しました。大手道は急すぎて下りは危険かと思われます。こちらも山道ではありますがそれほどキツい箇所はありませんでした。

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 近江八幡でレンタカーを返し、JRで京都、京都から近鉄で大和郡山城へ向かいました。時間にあまり余裕がないので車内で駅弁を食べます。

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 駅から10分ほどの大和郡山城はたいへん立派!側用人で有名な柳沢吉保の次の吉里から柳沢氏が入って幕末までいったのは知りませんでした。まだ大混雑ではありませんが今後多くの人が訪問する可能性はありそうです。

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 天守台からは奈良盆地の主要部を一望できます。天守は豊臣後期に移築されて以降再建されなかったとか。壮大で訪問してよかったです。

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 近鉄郡山からは引き続き橿原線で大和八木まで移動。近鉄百貨店で酒類とおつまみ用柿の葉寿司を購入して17:42発の鳥羽行伊勢志摩ライナーで東京まで戻りました。この列車は伊勢中川で名古屋行伊勢志摩ライナーと接続しており、2人以上ならサロン席を利用してゆったり旅行することができます。名阪間の伊勢志摩ライナー乗り継ぎは土日のこの組み合わせ以外はないようですね。
 今回は相当歩いて疲れましたが目標は達成!特にトラブルもなく堪能できました。





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2025年11月24日

北海道拓殖鉄道の廃線跡巡り3

2はこちらから http://sumatorausagi.seesaa.net/article/518846105.html

瓜幕周辺調査図.png

 瓜幕〜東瓜幕間は昭和40年で運行を休止、その後廃止になった区間です。大半が畑になっているようですが、ところどころに路盤跡らしき土地が見え隠れしていますね。この区間で目立った構造物として瓜幕川を渡る箇所があります。古い航空写真をみると築堤で越えていたようで現在でもそれらしい林が確認できます。まずはここを目指してみました。

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 上にあげた地図の瓜幕から出ている矢印の先端から川に向かいます。ここは未舗装で、砂利は敷かれていますが雨の前後は車が汚れますね。さっそく築堤らしい土盛が出現しました。

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 川に突き当たって左折すると築堤跡と思われる地形を見ることができました。瓜幕川が抜ける箇所には暗渠が残っています。ここも大規模な工事を行って通過していたんですね。右側は瓜幕川上流を見た写真です。雨が上がって雄大な風景が広がり始めました。

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 農地を迂回して東瓜幕駅跡に移動しました。この辺りは大雪山系の丘陵地帯でアップダウンの多い道のりです。もちろん主要な道が全て舗装路2車線なので快調に移動可能ですが。駅跡は記念碑とバス車庫とされる建物が残るのみで駅らしさは消えています。これより先は戦後すぐ、昭和24年に運行を停止した区間になります。

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 早期に廃止になった区間ではあるものの、航空写真でみると中音更駅跡の手前までは路盤跡が残っているようです。そこでマルをした地点に目星をつけて回ってみました。

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 マル3地点です。小さな橋があったようなので車を降りて路盤跡を歩いてみました。左が中音更方、右が東瓜幕方です。

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 小川にコンクリートの小さい橋がかかっています。橋台はおそらく当時の物と思われますが詳細不明です。林の先い光が見えるので軽トラなら通れるかもしれません。

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 左が道中、右が南側からマル4地点を見た写真です。この地域は大規模農業地帯で畑や牧場の規模に圧倒されます。マル4は小丘陵を迂回した部分ですが、木々が茂って路盤跡と確信できるものは見つかりませんでした。雲が切れて日差しが入るとカラマツの紅葉が輝いていました。

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 マル5は防風林を抜けていく路盤跡が残っていました。この先はサンケウオップ川まで畑になっています。

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 中音更駅跡には説明パネルが設置されていました。一気に晴れて素晴らしい秋の日和です。上士幌までの路線が現役だった時は三角線が設置されていたそうで、古い航空写真でもそれらしい敷地が確認できます。ネット上の情報では上士幌に向かう機関車はここで向きを変えて逆行運転にしていたという話がありました。

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 北海道らしい道が続きます。マル6地点、右が中音更側から見たサンケウオップにかかる橋台と橋脚跡です。影は撮影している私と友人です(笑) ここは木が大分成長していたので葉のある時期は見えないかもしれません。また、訪問日は休日だったので休工でしたが重機が入って砂利を入れて整地作業をしているようでした。訪問時は注意する必要があると思います。

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秋の日が傾いてきました。続いてマル7、シリクニ川周辺です。ここは路盤跡が農道となって残っており、当時の雰囲気を感じることができました。

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 航空写真によっては橋脚が写っているものもあったので少し期待したものの全て撤去されているようです。林の切れ目だけが路盤跡を主張しています。

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 シリクニ川を渡って音更川橋梁跡に向かいます。ここは両岸に橋台、河原に橋脚の残骸があるそうなのですが、中音更側は倒木がひどく徒歩でないと近付けない状態。夕暮れの河原はヒグマと遭遇する危険性が高いので自重して上士幌側のみ車で探索しました。右の音更川の河原は低い灌木がたくさん生えています。徒歩なら探索できそう・・・だけどヒグマはやっぱり怖い・・・。チャンスがあるとすれば大増水で木や堆積泥が流れた時でしょう。

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 一度気付かず行き過ぎました。ここも木が成長していて葉のある時期は見えない可能性が高いですね。林の中に築堤がわずかな区間残存し、上士幌側の橋台もついています。この先は大半が農地化されていて路盤跡は上士幌駅手前のみ道路や防風林の形で残るのみです。

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 上士幌の市街地が近付いてきました。左は路盤跡があったと思われる部分です。上士幌駅跡の説明には士幌線の記述のみで北海道拓殖鉄道に関する情報はありませんでした。

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 これで北海道拓殖鉄道の探索完了!若干見残した部分はありますが満足です!今夜は糠平に宿を取ってあるのでこれから一気に山に上がりました。途中、町中なのに黒いうごめく動物がいたような・・・。

おまけ編に続きます。



posted by nobi at 18:27| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年11月06日

北海道拓殖鉄道の廃線跡巡り2

1はこちらから http://sumatorausagi.seesaa.net/article/518820927.html

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 台地の上に登り、熊牛トンネルの鹿追側跡にやってきました。ここは深い掘割になっていて台地から水が流入する状況にあり、開業前にも崩落があるなど拓鉄最大のウィークポイントであり続けました。最終的には熊牛トンネルの老朽化を運輸省から指摘され、改修費用も出せないことから廃線となっています。内部崩落による周辺の陥没が懸念されたため、廃線後は大量の土砂が投入されて小山になるまで埋められたそうです。近年小山に生えた木が伐採されて一見すると残土置き場的な感じになっていました。

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 少し東に移動すると河西鉄道との交差地点になります。ここも完全に埋められて痕跡はありません。掘割が残っていた時は河西鉄道の橋台が残っていたとか。右画像は交差地点から西側、熊牛トンネル方向を向いています。

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 寄り道して河西鉄道の廃線跡を北上してみると、路盤が残っている場所に行き当たります。

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 左画像は下幌内駅跡から南を見た様子。いかにもな廃線跡ですね。右画像はヤブ化して標柱も隠れかけた下幌内駅跡です。ここでスイッチバックして上然別を経由してから鹿追に向かう線とそのまま北上して上幌内に向かう線が分かれていたそうです。

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 河西鉄道の鹿追駅跡は説明版が設置されていました。相変わらず雨がひどく、道路が泥濘のためこの先の上然別は断念しました。この泥濘から、道路整備が進むまで鉄道が唯一の交通機関であった事も頷けます。

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 続いて有名な拓鉄と河西鉄道の立体交差跡に移動します。ふれあい農芸公園「しかおいパーク」に駐車、ウォーキングコースを行くと簡単に行ける・・・はずが先般の豪雨で倒木があり、実質通行止め的な感じになっていました。公園内とはいえヒグマもちょっと心配になります。川に向かって降りていくと河西鉄道の路盤に行き当たります。

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 左手から築堤が出現、この築堤は航空写真でも明瞭で道道133号から見えないかと思いましたが、残念ながら路肩の木々が成長してこの時期でも全く見出せませんでした。そうこうするうち、ほどなく大迫力の交差部にたどり着きました。

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 案内板も設置されています。とくに獣臭などはないものの不安がぬぐえないので撮影したらそのまま退散しました。

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 鹿追町に入ると昼時となったので、店選びに悩みながらそば屋さんの「かとう」で昼食としました。若干並ぶほどの人気店でお味も素晴らしく、また機会があれば行ってみたいですね。他にもおいしそうな店が多くあるようでした。

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 昼食後は鹿追駅跡に保存されている拓鉄版8620形8622を見に移動しました。前照灯がなくなっているのが玉に瑕ながら貨車ともどもよく残ってくれたと思います。近くには拓鉄バスの鹿追営業所もあります。ところで、拓鉄は地図でみるとあまり実感が湧きませんが、現地はかなり起伏のある地形を盛り土、掘割を駆使して通り抜けており、最大25パーミルの勾配がある勾配路線です。この場合、旅客用の8620形より貨物用の9600形の方が適していたようにも思います。全線50キロを超えるので高速性を重視したのでしょうか。この辺りで雨が止んで晴れ間が出てきました。

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 鹿追からは目立った路盤がなさそうなので瓜幕駅跡まで一気に移動しました。きれいに整備された公園になっています。南側には機関車の転向に使われた三角線の名残もあるとか。

 この先は先行して廃線になった区間に入ります。3に続きます。

3こちらから http://sumatorausagi.seesaa.net/article/519198358.html


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