台地の上に登り、熊牛トンネルの鹿追側跡にやってきました。ここは深い掘割になっていて台地から水が流入する状況にあり、開業前にも崩落があるなど拓鉄最大のウィークポイントであり続けました。最終的には熊牛トンネルの老朽化を運輸省から指摘され、改修費用も出せないことから廃線となっています。内部崩落による周辺の陥没が懸念されたため、廃線後は大量の土砂が投入されて小山になるまで埋められたそうです。近年小山に生えた木が伐採されて一見すると残土置き場的な感じになっていました。
少し東に移動すると河西鉄道との交差地点になります。ここも完全に埋められて痕跡はありません。掘割が残っていた時は河西鉄道の橋台が残っていたとか。右画像は交差地点から西側、熊牛トンネル方向を向いています。
寄り道して河西鉄道の廃線跡を北上してみると、路盤が残っている場所に行き当たります。
左画像は下幌内駅跡から南を見た様子。いかにもな廃線跡ですね。右画像はヤブ化して標柱も隠れかけた下幌内駅跡です。ここでスイッチバックして上然別を経由してから鹿追に向かう線とそのまま北上して上幌内に向かう線が分かれていたそうです。
河西鉄道の鹿追駅跡は説明版が設置されていました。相変わらず雨がひどく、道路が泥濘のためこの先の上然別は断念しました。この泥濘から、道路整備が進むまで鉄道が唯一の交通機関であった事も頷けます。
続いて有名な拓鉄と河西鉄道の立体交差跡に移動します。ふれあい農芸公園「しかおいパーク」に駐車、ウォーキングコースを行くと簡単に行ける・・・はずが先般の豪雨で倒木があり、実質通行止め的な感じになっていました。公園内とはいえヒグマもちょっと心配になります。川に向かって降りていくと河西鉄道の路盤に行き当たります。
左手から築堤が出現、この築堤は航空写真でも明瞭で道道133号から見えないかと思いましたが、残念ながら路肩の木々が成長してこの時期でも全く見出せませんでした。そうこうするうち、ほどなく大迫力の交差部にたどり着きました。
案内板も設置されています。とくに獣臭などはないものの不安がぬぐえないので撮影したらそのまま退散しました。
鹿追町に入ると昼時となったので、店選びに悩みながらそば屋さんの「かとう」で昼食としました。若干並ぶほどの人気店でお味も素晴らしく、また機会があれば行ってみたいですね。他にもおいしそうな店が多くあるようでした。
昼食後は鹿追駅跡に保存されている拓鉄版8620形8622を見に移動しました。前照灯がなくなっているのが玉に瑕ながら貨車ともどもよく残ってくれたと思います。近くには拓鉄バスの鹿追営業所もあります。ところで、拓鉄は地図でみるとあまり実感が湧きませんが、現地はかなり起伏のある地形を盛り土、掘割を駆使して通り抜けており、最大25パーミルの勾配がある勾配路線です。この場合、旅客用の8620形より貨物用の9600形の方が適していたようにも思います。全線50キロを超えるので高速性を重視したのでしょうか。この辺りで雨が止んで晴れ間が出てきました。
鹿追からは目立った路盤がなさそうなので瓜幕駅跡まで一気に移動しました。きれいに整備された公園になっています。南側には機関車の転向に使われた三角線の名残もあるとか。
この先は先行して廃線になった区間に入ります。3に続きます。
3こちらから http://sumatorausagi.seesaa.net/article/519198358.html

