今回の北海道旅行は続き物になっています。
1:http://sumatorausagi.seesaa.net/article/504031405.html
2:http://sumatorausagi.seesaa.net/article/504031405.html
3 おまけ1:http://sumatorausagi.seesaa.net/article/504066698.html です。
ホステルひまわりさんは夕張北高校を改装してできた合宿所的な宿です。奮発して1部屋取ったところ教室並みの広さ(笑) 近くのセコマで食事とお酒を買って友人と一杯やりました。ここでは北炭夕張新鉱の事故時の小中学生の文集(!)や近い時期に発行された記録集など、観光地としては表に出しにくい内容の本を読むことができます。夕張に限らず炭鉱に事故はつきものでたくさんの犠牲を払っていたことがわかります。軽くは語れない重い内容ですが一読の価値は十分にあります。
今回は朝食のみで予約していました。朝からがっつりでなんと夕張メロンは1人半分!
最後は清陵町に行って夕張新鉱の坑口で合掌してきました。慰霊碑周辺の管理に手が回らないのかロープが張られて近付けないようになっています。
夕張を出て一気に余市まで移動、ニッカで昼食としました。小樽17時発のフェリーまでもう一巡りします。
余市駅脇の駐車場に車を置いて少しだけ山線の乗り鉄をしました。時刻表を見ると銀山で小樽行きと交換するようなのでそこまで往復です。平日にも関わらず余市までは空席なしでやってきました。新幹線開業と同時に廃止予定だそうですが・・・。
日差しは強いもののカラッとした風で北海道らしい爽やかさ。
もう少しゆっくりしたかったです。が、交換列車を逃すと船に乗れないのでとんぼ帰り。
素敵なロケーションで数分の滞在ながら満足でした。
小樽港ではターミナル内の喫茶店で時間つぶし。けっこうおいしかったです。帰りのフェリーでは積丹半島が見えました。新潟小樽直行の航路は沖合を通るので陸はほとんど見えないようでした。
盛りだくさんで充実した旅行ができました。
2024年07月22日
2024年07月19日
夕張鉄道の廃線跡めぐり〜おまけ編1〜
今回の北海道旅行は続き物になっています。
1:http://sumatorausagi.seesaa.net/article/504031405.html
2:http://sumatorausagi.seesaa.net/article/504031405.html です。
おまけ1 狩勝峠
うまいこと新夕張停車の特急に乗れそうだったので新得まで乗車券だけで乗れる特例を使ってみました。行きに乗車したキハ261系はややくたびれぎみなのか高速走行時のシートのビビり音が目立つ感じでちょっと残念。狩勝峠を通ったのは学生以来、だいぶ木が伸びている印象。防風柵は必要としても相当眺望が利かなくなっていますね・・・。冬ならもっと見えるかな?
おまけ2 というか実質本編の石炭博物館と夕張市内
夕張鉄道展開催中ということで今回の渡道の決定要因になりました。ここも学生以来です。夕張鉄道展は実際の図面が多数展示されていて圧巻です。機器の実演も見学できて勉強になりました。火災で閉鎖中の模擬坑道は来年以降見学可能になる見込みだそうです。
夕張本町周辺はひっそりしています。空地だらけで車も歩行者もほとんどみかけません。ホテルシューパロはコロナ以降休業中で再開の予定も今のところないようでした。老朽化が進んでいるという話もあります。泊まってみたかったですね。
谷間に広がる夕張は急坂の街です。時折古い建物も残っていました。
お昼は喫茶コンパさんで頂きました。
コーヒーもカルソも大変おいしかったです。ただ、お1人で切り盛りされているようで、多人数で食べ物系を注文すると時間がかかるようです。
おまけ3 南部地区
谷を降りて清水沢に来ました。駅舎は解体済。学生時代に通った時は駅舎、こ線橋にホーム屋根まであったのにカメラがなかったため写真なし・・・。駅前にも倒壊した建物があって寂しい雰囲気です。
清水沢ダムから発電所跡を眺めて南部にやってきました。こちらの三菱系の地区は夕張以上にひっそりしていました。
南大夕張駅跡に当時の車両とバスが保存されています。この車両たちは一時荒廃していたそうですが、保存会が立ち上がり塗りなおしなどのメンテナンスを続けておられるとのこと。長期間活動を継続するのは並大抵の努力ではないので頭が下がります。スハニの3軸台車を拝んで満足です。
最後はシューパロ湖を望む展望台です。ここもあと少し早く来るべきでした。この夜は鹿ノ谷のホステルひまわりに宿泊です。栗山や南幌の温泉に泊まるか夕張に泊まるかだいぶ悩みました。
続きです http://sumatorausagi.seesaa.net/article/504100779.html
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2:http://sumatorausagi.seesaa.net/article/504031405.html です。
おまけ1 狩勝峠
うまいこと新夕張停車の特急に乗れそうだったので新得まで乗車券だけで乗れる特例を使ってみました。行きに乗車したキハ261系はややくたびれぎみなのか高速走行時のシートのビビり音が目立つ感じでちょっと残念。狩勝峠を通ったのは学生以来、だいぶ木が伸びている印象。防風柵は必要としても相当眺望が利かなくなっていますね・・・。冬ならもっと見えるかな?
おまけ2 というか実質本編の石炭博物館と夕張市内
夕張鉄道展開催中ということで今回の渡道の決定要因になりました。ここも学生以来です。夕張鉄道展は実際の図面が多数展示されていて圧巻です。機器の実演も見学できて勉強になりました。火災で閉鎖中の模擬坑道は来年以降見学可能になる見込みだそうです。
夕張本町周辺はひっそりしています。空地だらけで車も歩行者もほとんどみかけません。ホテルシューパロはコロナ以降休業中で再開の予定も今のところないようでした。老朽化が進んでいるという話もあります。泊まってみたかったですね。
谷間に広がる夕張は急坂の街です。時折古い建物も残っていました。
お昼は喫茶コンパさんで頂きました。
コーヒーもカルソも大変おいしかったです。ただ、お1人で切り盛りされているようで、多人数で食べ物系を注文すると時間がかかるようです。
おまけ3 南部地区
谷を降りて清水沢に来ました。駅舎は解体済。学生時代に通った時は駅舎、こ線橋にホーム屋根まであったのにカメラがなかったため写真なし・・・。駅前にも倒壊した建物があって寂しい雰囲気です。
清水沢ダムから発電所跡を眺めて南部にやってきました。こちらの三菱系の地区は夕張以上にひっそりしていました。
南大夕張駅跡に当時の車両とバスが保存されています。この車両たちは一時荒廃していたそうですが、保存会が立ち上がり塗りなおしなどのメンテナンスを続けておられるとのこと。長期間活動を継続するのは並大抵の努力ではないので頭が下がります。スハニの3軸台車を拝んで満足です。
最後はシューパロ湖を望む展望台です。ここもあと少し早く来るべきでした。この夜は鹿ノ谷のホステルひまわりに宿泊です。栗山や南幌の温泉に泊まるか夕張に泊まるかだいぶ悩みました。
続きです http://sumatorausagi.seesaa.net/article/504100779.html
2024年07月18日
夕張鉄道の廃線跡めぐり2
1からの続きです。http://sumatorausagi.seesaa.net/article/504031405.html
わかりやすくするために路線順で掲載しているため、一部実際の探索順ではない箇所があります。
早朝の栗山駅はひっそりしていました。次の角田のこ線橋は解体済のため、継立駅に向かいます。角田も航空写真で見ると駅跡は一目瞭然ですね。栗山から先の区間は中央バスも廃止予定で今後公共交通で訪れることは難しくなりそうです。
継立駅は松原産業さんという木工関係の会社の事務所になって現存しています。松原産業さんは栗山の機関車の保存にも関わっていたようです。
新二岐駅は残念ながら2023年に解体されてしまいました。あと少し早く来ていれば・・・。この先の峠越えに備え、貨物列車の組み換えを行っていたため広い構内だったそうですが面影は感じられません。
新二岐駅を出て、あらかじめ航空写真で角田炭鉱専用線の廃線跡と推測した小道に入ってみました。未舗装路で線路跡と言われればそんな感じ?なんとなく路盤的な雰囲気が残っています。
また、富野付近で夕張方向を向いて右手に曲がると峠に向けて高度を上げていく築堤が残っていました。航空写真やストリートビューを見ると大蛇の沢の方まで立派な築堤があるようです。ただ、今回は農作業をされている方が多く通っていて道も細かったので迷惑になると思いパスしました。ここから平和に抜ける道道は一部夕鉄の路盤を利用して改良されているそうで、途中に錦沢入口というバスの停留所と旧道が見えました。
平和駅跡周辺です。サイクリングロードで抜けられるようになっていたこの先の峠方面はすでに自然に帰りつつあるようです。
小倉屋さんのぱんじゅうを食べてしばし休憩しました。
若菜駅のホームは健在でした。
営林署前駅はだいぶリフォームされていますが健在です。現在は葬儀社さんでしょうか?鹿ノ谷駅も健在です。広大だった構内は自然に帰りつつあり、こ線橋も歩くとグラグラしました・・・。
夕張本町駅が入居していた夕張市民会館は窓やドアに板が打ち付けられて閉鎖されています。夕張鉄道の廃線跡めぐりはここまで。この後は石炭博物館、南大夕張と一気に飛んで狩勝峠と余市、銀山の様子になります。
おまけ編が続きます。http://sumatorausagi.seesaa.net/article/504066698.html
わかりやすくするために路線順で掲載しているため、一部実際の探索順ではない箇所があります。
早朝の栗山駅はひっそりしていました。次の角田のこ線橋は解体済のため、継立駅に向かいます。角田も航空写真で見ると駅跡は一目瞭然ですね。栗山から先の区間は中央バスも廃止予定で今後公共交通で訪れることは難しくなりそうです。
継立駅は松原産業さんという木工関係の会社の事務所になって現存しています。松原産業さんは栗山の機関車の保存にも関わっていたようです。
新二岐駅は残念ながら2023年に解体されてしまいました。あと少し早く来ていれば・・・。この先の峠越えに備え、貨物列車の組み換えを行っていたため広い構内だったそうですが面影は感じられません。
新二岐駅を出て、あらかじめ航空写真で角田炭鉱専用線の廃線跡と推測した小道に入ってみました。未舗装路で線路跡と言われればそんな感じ?なんとなく路盤的な雰囲気が残っています。
また、富野付近で夕張方向を向いて右手に曲がると峠に向けて高度を上げていく築堤が残っていました。航空写真やストリートビューを見ると大蛇の沢の方まで立派な築堤があるようです。ただ、今回は農作業をされている方が多く通っていて道も細かったので迷惑になると思いパスしました。ここから平和に抜ける道道は一部夕鉄の路盤を利用して改良されているそうで、途中に錦沢入口というバスの停留所と旧道が見えました。
平和駅跡周辺です。サイクリングロードで抜けられるようになっていたこの先の峠方面はすでに自然に帰りつつあるようです。
小倉屋さんのぱんじゅうを食べてしばし休憩しました。
若菜駅のホームは健在でした。
営林署前駅はだいぶリフォームされていますが健在です。現在は葬儀社さんでしょうか?鹿ノ谷駅も健在です。広大だった構内は自然に帰りつつあり、こ線橋も歩くとグラグラしました・・・。
夕張本町駅が入居していた夕張市民会館は窓やドアに板が打ち付けられて閉鎖されています。夕張鉄道の廃線跡めぐりはここまで。この後は石炭博物館、南大夕張と一気に飛んで狩勝峠と余市、銀山の様子になります。
おまけ編が続きます。http://sumatorausagi.seesaa.net/article/504066698.html
ラベル:廃線跡